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青年部だより

四国地方本部青年部学習会を開催

四国地方松山支部  執行委員長   竹田 英弘

11月6日に坂出港運会館において、「22秋年末四国地方青年部学習会」を開催した。

学習会のテーマについては、青年部幹事会の中で「全港湾の歴史を学びたい」といことであったので、元全港湾中央執行委員長の松本耕三さんを講師に招き学習会を開催した。

組織率が低下し、組合離れが進むなか、組合の成り立ちを学ぶことは青年部にとって良い刺激となった。

 

 

 

 

四国地方高知支部  山崎一範

11月6日に四国地本青年部学習会のために、元中央執行委員長であった松本耕三さんに忙しい中にも関わらず来ていただき、勉強会が開催されました。

内容は全港湾の歴史について、知らないことばかりでしたが、どのようにして全港湾という組織がつくられていったのか知ることができました。

歩みを止めず前に進み続けてきた先輩方を見習って、自分達も日々努力を重ね進み続けて行かねばならないと改めて思いました。また、こうした機会が増えていけばとも思いました。

 

四国地本徳島支部   小松 稔来

2022年11月6日に四国地本坂出港運会館で22秋年末四国地本青年部学習会がありわざわざお忙しい中、四国地本青年部のために元中央執行委員長であった松本耕三さんに足を運んで頂き講演をして頂きました。

内容は「全港湾の歴史について」ということで知らない歴史が沢山ありましたが、どのようにして全港湾という組織ができたのかを知れて非常に勉強になりました。今、人員不足という課題と新型コロナウイルスとの課題があり中々組合活動ができていない状況です。松本さんもおっしゃっていましたが、「どんな時でも仲間と助け合ってきて今がある」と言っていたので、僕たち青年部も下を向かず前に進み先輩方がやってきたことを見習ってよりよい組織にできるように日々精進していきたいと思いました。

 

四国地方香川県支部  小林政己

11月6日に22秋年末四国地本青年部学習会が開催されました。元中央執行委員長の松本耕三さんを講師に招き、全港湾の歴史について教えていただきました。

全港湾の歴史については、松本さんの話を聞いて理解できることと内容が難しくまた勉強しなければいけないと思うことがあり、青年部の活動を通して覚えていければと感じました。

諸先輩方の教えを聞きながら、私も歴史ある全港湾の活動に参加しながら後輩にも伝えていけたらと思いました。

 

 

四国地方新居浜支部  松田 聖貴

全港湾の歴史と松本さんの話を聞いて

「歴史を学ぶことは、私たちが生きる現代を理解するため」と聞きます。今回の学習会は、全港湾が現代のものに成るに至るまでの歴史を学ぶことができ、とても有意義な学習会でした。

学習会では、全港湾が出来るまでのたたかいの歴史、そして組合活動をしていくなかで、必要なこと教えていただきました。自分の勉強不足で、途中でわからない点もありましたが、これからの課題にしたいと思います。

松本講師が「全国港湾は、形がないものを積み上げてきた歴史」と言われたように、自分自身も積み上げて行けるよう日々勉強していきたいと思います。

 

 

四国地方松山支部  菅 智彦

【2022年 秋年末四国地本青年部学習会に参加して】

2022年11月6日、坂出港運会館にて開催された22秋年末四国地本青年部学習会に参加しました。

学習会のテーマは「全港湾の歴史」についてで、元全港湾中央執行委員長の松本耕三さんが講師として四国に来ていただきました。

第二次世界大戦終戦(敗戦)から全港湾の成立ち、三代目山口組、上組との関係など様々な歴史を教えていただきました。なかでも上組が全港湾などを潰そうとしていたり、侵略しようとしていた過去などを聞いて大変驚きました。そのような中、組合員が一つになり、みんなで声を出し、行動したことにより今の全港湾があり港湾労働法がつくられた知り、改めて凄いと感じました。

全港湾の歴史の話を聞く中で自分が一番感じたことは、昔は組合員も沢山いて活動も盛んに行われていたことでした。松山支部は昔に比べ、組合員が激減しているので、組合員を増やせるように職場環境や労働条件向上はもちろん、全港湾の力や大切さを一人でも多く伝えていけたら必ず組織拡大にもつながると思いました。

政策(選挙)についても話がありましたが、我々労働者の厳しい現状を、切実な声をしっかりと国会にとどけてもらえるよう、選挙活動の大切さも学ぶことができました。

また、コロナ禍で活動自体がしにくい状況が続いていますが、昔よりも良い「全港湾」をつくり上げていくために臆することなく前を向いて進んでいきます。

最後になりますが、講師をしていただいた元全港湾中央執行委員長の松本耕三さん、学習会を開催してくださいました四国地本橋崎委員長、青年部担当菅副委員長、各支部の青年部の皆さん、本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5.15沖縄平和行進

 

5月12日-16日、沖縄本土復帰50年・5.15沖縄平和行進が無事に終わり、参加した青年部より参加報告書が多数届きました。

 

 

 

 

 

参加者の声

①釧路支部(澁谷 佳範)

②ー1東北地方青年部長(薄井 栄人)

②ひたち支部(酒井 人士) ②ひたち支部(長山 勝哉)

②ひたち支部青年部長(木村 貴弘)

②塩竃支部(小野寺 勇人)

②塩竃支部副部長(佐藤 新)

②塩竈支部(塩野 雅人)

②塩竈支部(星 雄斗)

②秋田支部青年部長(小玉 聖也)

②小名浜支部青年部長(矢内 誠也)

②小名浜支部副部長(渡邉 健也)

②八戸支部(玉川 寛也)

②八戸支部(寺澤 大知)

②八戸支部副部長(沼田 祥毅)

④横浜支部(酒井 友樹)

④横浜支部(寳納 雅行)

④横浜支部青年部副部長( 鶴岡 勇輔)

④東京支部(吉岡 泰佑)

④東京支部(渡部 昌彦)

⑥大阪支部青年部部長(芳野栄次)

⑥大阪支部青年部副部長(稲葉拓磨)

⑥大阪支部(竹内聖貴)

⑥大阪支部(軸原 司)

⑥神戸支部(木村 博暢)

⑧苅田支部(熊谷 圭修)

⑧関門支部(吉高 健太)

⑧長崎県支部(馬場 祐一郎)

⑧博多支部青年部長(山路 直人)

220427~フクシマ連帯キャラバン(茨城行動)

3月11日、東日本大震災、福島第一原発事故から11年が経ちました。特定復興再生拠点区域との名目で解除される帰還困難区域、処理水の海洋放出問題、進展しない燃料デブリの取り出しなどに対し、8回目となるフクシマ連帯キャラバンを福島県内で3月12日から3日間行いました。その連帯キャラバンの第2弾として同時開催できなかったフクシマ連帯キャラバン茨城行動を4月27日から3日間、東北地方青年部が主体となって実施しました。

 

茨城行動概要

4月27日(水)

結団式

学習会(東海第二原発再稼働に係る現状、広域避難計画について)

 

4月28日(木)

要請行動:3コースに分かれ、全16自治体へ要請行動

Aコース 東海村、北茨城市、高萩市、日立市、ひたちなか市

Bコース 那珂市、常陸太田市、常陸大宮市、大子町、城里町

Cコース 大洗町、鉾田市、茨城町、笠間市、茨城県庁

 

3コース終了後、水戸市へキャラバン隊全員での要請行動

茨城集会:キャラバン隊、茨城平和擁護県民会議、地元団体 参加

 

4月29日(金)

解散式:キャラバン隊全員から活動報告

 

 

 

4月27日 結団式

 

4月27日 学習会(阿部村議)

 

4月28日 水戸市要請行動(水戸市長へ)

 

4月28日 茨城集会

 

4月29日 解散式

 

 

220427~フクシマ連帯キャラバン(茨城行動)参加報告書

2022フクシマ連帯キャラバン 3.12 - 3.14行動

3月11日、東日本大震災、福島第一原発事故から11年が経ちました。特定復興再生拠点区域との名目で解除される帰還困難区域、処理水の海洋放出問題、進展しない燃料デブリの取り出しなどに対し、8回目となるフクシマ連帯キャラバンを福島県内で3日間行いました。

 

3月12日 ・2022原発のない福島を!県民大集会 - フクシマ連帯キャラバン結団式

3月13日 ・あれから11年!原発事故は終わっていない3.13アクション - 被災地フィールドワーク

3月14日 ・いわき市、福島県への要請行動

 

 

3.13 いわき行動

 

3.14要請行動①

 

3.14要請行動②

 

3.13 視察行動

 

キャラバン参加の青年部

 

東北地方青年婦人部 部長 薄井 栄人

福島第一原発事故から11年の時が経ち、徐々に復興も進み事故の爪痕が人々の記憶から薄れている今だからこそ、現地で今何が起きているのか、問題を再認識することを学ぶことができました。本当の復興とは何か、いまだに事故で苦しんでいる人たちが安心して暮らせることだと思います。そのために脱原発・再稼働反対・自然エネルギーへの転換の声を挙げ続けなければいけません。原発事故を風化させない、日本に原発はいらない想いをより一層声に乗せていかなければ、国を動かすことはできません。若い世代の我々が先頭に立ち、これからの未来の向けて闘っていく強い意志を持ち、我々にできることを仲間と団結して全力で行動していきたいと思います。

 

東北地方青年婦人部 書記長 武田 陽介

現地の風景は徐々に変化し、整備された街並みは「復興」という言葉で取り上げられていますが、それは被災地のほんの一部です。原発事故は福島だけではなく、今後全国で起こりうる重大な問題だと改めて痛感することが出来ました。風化をさせない、そして「核と人は共存できない」ということを、今後も広めていけるよう行動していきたいと思います。

 

小名浜支部青年部 齋藤 直道

今回フクシマ連帯キャラバン隊の団長として3日間参加してきました。1日目は福島市で行われた「2022原発のない福島を!県民大集会」に小名浜支部青年部5人で参加しました。実行委員長の挨拶では、原発事故が一度起きたら復興するまでに何世代にも渡る問題で、原発は人質にも核兵器にもなる為、世界から原発のない社会を目指すという話を頂きました。連帯の挨拶では、福島からALPS処理水を流していることは世界の加害者であり、福島沖だけではなく太平洋全体に悪影響を与えるから絶対に流してはいけないという話がありました。福島からの発信では、福島大学教授と高校生平和大使3名から話があり、高校生平和大使が事前に「あなたはALPS処理水に対して反対か賛成ですか?」というアンケートを、高校生を対象に実施したところ、賛成が過半数を占めており、このような結果を招く要因としては「情報が多すぎて、どの情報を信じてよいのか分からない状況だから間違った情報を信じている。風化しているから原発事故に興味がない世代がいる」と言っていました。県民大集会終了後、小名浜支部組合事務所でキャラバン隊の結団式が行われ、中央本部松谷書記次長、東北地本新妻委員長の挨拶を頂き、参加者一人一人のキャラバンに対する気持ちを確認しキャラバン隊が結成されました。

2日目は松本顧問と松谷書記次長より、キャラバンの歴史について学習会が行われました。松本顧問からは、風化させない為にも、若い世代から発信しなければいけない。また、原発が廃炉になるまでは絶対に続けていかなければならない活動だと言われました。松谷書記次長からは、福島原発事故を風化させない為にキャラバンだけではなく、アピールできる場所はたくさんあるから青年部で考えながら活動してもらいたいなどの話を頂きました。学習会終了後はいわき市小名浜イオンモール前で3政党、5団体が結集し「あれから11年!原発事故は終わっていない3.13アクション」に参加しました。各政党からの発信やキャラバン隊からも団長として発言させてもらいました。「国や東電は海洋放出のイメージを良くするためにALPS処理水と言うが、放射線部質が入っているなら汚染水に変わりはないので絶対に海には流してはいけない。二度と福島以外でも同じ事故は起こしてはならないし、若い世代が原発事故の怖さや知識がなくなるのが一番危険」ということを集会参加者に訴えました。午後からは福島第一原発周辺のフィールドワークがあり、フィールドワークを通して感じたことは、避難困難区域が解除され復興していると言われていますが、人は全然住んでいません。本当の復興とは、仲良かった友達にすぐ会いにいけ、困った時は近所の人が助けてくれる環境が本当の復興だと思いました。原発事故は一瞬でふるさとを壊してしまい、二度と起きてはならない事故だと改めて実感することができました。

3日目は、平和フォーラムの藤本代表から戦争と政治についての学習会がありました。戦争の学習会では、自衛のために戦争が行われ、初めて原発立地での戦争であり、福島の二の舞になるかもしれない。戦争をなくすためには、外交の中で隣国と共同体などを創り防衛費にお金を掛けない話合いが大事という話があり、政治については、日本は国民の税金を使い、過ちを揉み消している。憲法13条で個人として尊重しなければならないのに、日本は「個人」ではなく「人」として扱われ、戦争が行われたら紙切れ一枚で要請がかかり、一人一人の命を安易に考えている。そのような政治をなくす為には選挙が大事という話がありました。学習会終了後は、市と県の方に要請書を提出しにいきました。市の要請書提出では、これからも脱原発、ALPS処理水に対して今後も一緒に頑張っていきましょうという解答を受けました。県の要請書提出では、キャラバン隊ひとりひとりの思いを伝えたにも関わらず、なんの解答も得られず、福島県民として、本当にこの人が県知事で今度の将来は大丈夫なのか、私たちに明るい未来はあるのだろうかと思い、選挙を若い人に呼びかけ福島を変えなければならないと思いました。要請書提出後は、キャラバン隊の解団式が行われました。

解団式では、3日間活動して思ったことや今後どうしていかなければならないなどの思いを話しました。今回キャラバン参加、また団長を経験させていただきは思ったことがたくさんありました。

まず1つ目として、キャラバンを行ううえで、たくさんの人の協力が必要なことです。今回コロナ禍というなかで、中央、地本の方々の支援などを受け、キャラバンが開催していただいたことに感謝します。同じ思いの仲間と3日間共に活動し、他県の原発のことも知り、今後各支部で行われている脱原発の活動にも小名浜支部青年部で積極的に参加していきたいと感じました。

2つ目は、フクシマ連帯キャラバンは福島の問題だけではないということです。八戸支部では、大間原発、日立支部では東海第二原発など原発を抱えている支部もありますが、原発を抱えてない支部でも、近くの原発で事故が起き風向き次第では避難などの影響を受けるかもしれません。原発は原発を抱えている支部の問題だけではなく、国民ひとりひとりの問題だと思います。今後コロナ禍が収束した時には、東北地方全支部が参加し、風化させないために毎年必ず行わなければならない活動だと感じました。

3つ目は、今回コロナ禍と言うことで3日間の活動ではありましたが、3日間では短いと感じました。3日間を通して勉強や被災地フィールドを行い、日が増すにつれ、キャラバン隊一人一人が脱原発に対する思いが強くなっていくのを実感し、要請行動では自信をもって自分の思いを発言できていましたが、今回のキャラバン中に原発をどう思っているのかなどのアンケートを行いたいなどの意見もありました。今回参加し、もっと脱原発に対して思いが強くなり、日本から原発がなくなるまでは絶対に無くしてはならない活動だと参加者全員が自身を持って言える行動でした。

 

八戸支部青年部 夏堀 陸

私はフクシマ連隊キャラバンへの参加は初めてでした。東日本大震災、原発事故が起きてからは、青年対策交流会議で一度フィールドワークをしましたが、その後福島県の復興がどのようになっているのか、現在の状況はどうなっているのかわかりませんでした。2日目のフィールドワークの前に原発についての話があり、そこで初めて汚染水の海洋放出という問題を聞きました。トリチウムと言う物質は不確定なことが多すぎため、海洋に放出すると言うことを絶対に許してはいけないと思います。私にも2人の子供がいます。キャラバン隊の団長も言っていましたが、汚染水に汚された海では遊ばせたくないし、この放出により数十年後の未来が壊れてしまうかもしれません。この問題には福島県だけではなく、全国、世界で沢山の声を上げていく必要があると思います。現状全国的に震災、原発事故が風化しつつあると思っています。私たちの行なっている行動はもしかしたら微力ではあるかもしれませんが決して無力ではないと思っています。全港湾が力を合わせて行動すれば必ず今よりも大きな力になります。そのためにもフクシマ連隊キャラバンを全国的に広められるようにこれからも頑張っていきたいと思います。

今回のフクシマ連隊キャラバンはコロナウイルス拡大の影響により行動を制限されてしまいましたが、新妻委員長をはじめ各支部の委員長、小名浜支部で準備、計画してくださったみなさんのおかげで全日程を執り行うことができました。本当にありがとうございました。これからもコロナウイルス拡大の影響で全支部が集まることは難しい状況が続くかもしれませんが、こうやって集まれたこと本当に嬉しく思いました。早く収束してまたみんなで楽しく活動できる日が来ることを願っています。今回のフクシマ連隊キャラバンで自分達がどう行動していけばいいかわかった気がします。今回学んだことを青森県での行動にいかしてこれからも頑張っていきたいと思います。

 

八戸支部青年部 沼田 祥毅

初参加になりますが、青年部の最も力を入れている脱原発運動の一つなので、参加出来ると言う事でとても緊張していました。

1日目は、八戸からの移動のため、県民大集会には参加出来ませんでした。自分達は16時から行われる結団式からの参加となりました。コロナが広まってから、約2年ほどでしたが面と向かって会えた事が嬉しいのと同時に元気で全港湾の仲間に会えた事で安心もしました。その日は、日程の説明をうけ、団長を決めて、ホテルに入りました。

2日目は、小名浜支部組合事務所にて、キャラバンの歴史と、汚染水放出の話しを聞きました。震災と原発事故の話しを聞いて、当時、自分は学生でした。ニュースで見ていて、正直、自分から遠い所で起こっている大きな事件だとしか思って居ませんでしたが、話しを聞いて、この3日間がどれだけ大事な行動かを教えて、全力で向き合おうと決めました。

その後は、小名浜のイオンモール前で抗議行動に参加しました。色々な人がこの抗議行動に参加して居て大勢の人がこの問題に反対して居て、集まってくれた方々、応援して貰った人達にとても感謝しています。

この後のフィールドワークは自分の中でも衝撃でした。組合事務所から浪江町請戸地区までの道のりでした。復興拠点区域、帰還困難区域を見て、人が住んでいた家、帰りたくても帰れない家や区域、寂しくもあり、悲しくもありました。途中で入った伝承館は原発事故の日の事や、11年前と今の変化を見ました。館内の資料を見て、階段を降りる時に壁一面に被災者の方々の写真が貼って居ました。そこで家族が行方不明になった場所と家の前で、座って泣いて居る男の人の写真の前で足が止まりました。もし、写って居るのが自分だったらと思うととても怖い事だと思います。最後に大平山霊園に行きました、見る風景は町があったとは思えない程に何も有りませんでした。復興とは、目に見えるものでは無いのだと思いました、家が立った、道路が綺麗になった、それでも大事な人達が居ない事がその土地にとっては何も無いのと同じ事になるのでは無いかと思いました。

最終日は市と県の方に要請書を提出して、解散になりました。3日と言う期間でしたが、濃くて重い3日間でした。仲間達と色々な人の助けを借りてやり遂げる事が出来ました。力を貸して頂いた方々に感謝と、一日でも早い全原発廃止を目指して、これからも行動をして行こうと思います。

 

ひたち支部青年女性部 藤枝 知博

2022年フクシマ連帯キャラバンで福島県の現状・課題を学び、いわき市、福島県へ要請を行ってきました。フィールドワークでは、11年経ったいまでも帰還困難区域がある一方、復興は進み震災直後の面影を残す場所は少なくなってきていることを感じました。しかし、本当の復興とは程遠いと思います。ライフラインの再開もまだまだ道半ば、例え整ったとしても目に見えない放射線の恐怖を感じながら生活しても良いと思う人はどれだけいるでしょうか。富岡町では元々生活していた住民の9.4%しか帰還しておらず、そのほとんどが高齢者だと言います。子供を持つ家庭は、この年月の間に避難地でのコミュニティを築き、元の生活に戻れていないのが現状です。しかし、帰還困難区域の解除がなされ、戻れないのに保証は打ち切られる。そんな不条理を抱く、多くの方がいると思うと胸が痛くなりました。また、福島では新たな課題に直面しています。それは汚染水の海洋放出です。国は安全な濃度まで薄くするから安心だと言い、飲んでも大丈夫というチラシを子供たちにばら撒きました。原発の安全神話を作り上げ、その裏にあるリスクを伝えてこなかった国の言うことは何も信じられません。そんな状態で海洋放出が始まれば、風評被害は避けられないと思います。自治体要請では私たちの思いをしっかり伝えてきました。地元自治体には住民の意見を尊重し、国へ訴え続けて欲しいと思います。

キャラバン隊の仲間たちと過ごした時間はかけがえのないもので、ここでしか感じられないこと、考えつかないことがありました。今回の参加でフクシマ連帯キャラバンという運動の偉大さを痛感しましたが、それでもなお、原発推進の波は押し寄せてきています。一刻も早い脱原発社会を実現するため、より一層の団結をもって闘っていきましょう!

 

ひたち支部青年女性部 加藤 綺純

私は、3月12日~14日のフクシマ連帯キャラバンに初めて参加しました。

初日は、参加者の結団式を行いました。初めて顔を合わせる人が多く、緊張していましたが、皆さん優しく接してくれたのですぐになじむことができました。今回このメンバーで3日間行動できると思うと心強く感じたのを覚えています。

2日目のイオンモールいわき小名浜前でのアクション行動では、私自身が発言することは出来ませんでしたが、団長が発言した堂々としたスピーチに感動し、かっこいいと思いました。私の住んでいる地域では、原発事故を実感することは難しく、安易な考えを持っていました。しかし、被災地フィールドワークで、実際に現地を見て私の安易な考えを覆す、とても悲惨なひどいことが起こっていのだと実感しました。東日本大震災・原子力被害伝承館の見学では、震災による被害の写真や体育館の天井から落ちた照明、折れ曲がったポールなど当時を物語るものがたくさんありました。複合災害で起きた“福島原子力発電所”で発生した原発事故の説明や、実際に経験した現地の方々の話を聞き、これは今後起こってはいけないことだと感じました。また、同じことにならないよう行動していかないといけないと強く思いました。

3日目の要請行動ではいわき市役所・合同庁舎に要請書を提出しました。私は、茨城県での要請行動に行きましたが、当時は原発に対する考えも甘く、自分の意見を相手に対して発言することすら、恥ずかしくてできませんでした。ですが今回の3.13アクションやフィールドワークを経験し、恥ずかしいなどと思ってはいられないと感じました。要請文を渡した後に自分の考え、訴えたいことを伝え、また次の世代へも伝えていかなければならないと感じました。

私は、この3日間でキャラバン隊、キャラバンに携わった関係者、現地の方々の様々な人の考えや意見を聞き、今まで原発のことを如何に考えていなかったかを実感しとても恥ずかしく思いました。今後は原発に対する考えを改め、全国の原発が廃炉になるようにキャラバンを積極的に参加していきたいと思います。

 

小名浜支部青年部 渡邊 健也

今回、初めてフクシマ連帯キャラバンに参加しました。キャラバンが始まる前、自分は「なぜ原発反対なのだろう?」「やる目的は何だろう?」と疑問が先にあり、この3日間で自分なりに理由を見つけることを目的とし行動しようと決めました。

まず初めに「2022年原発のない福島を!県民大集会」に参加しました。この県民集会では実際に原発事故の被害にあった住民、漁師、また高校生平和大使から話を聞くことができました。住民からは「帰りたくても帰れない」「元々、住んでいた地域から離れる」など原発事故が起きて日常生活が変わってしまった話を聞きました。福島に住んでいる自分ですが住む場所が変わったわけでもなく、友達と離れ離れになったわけでもない自分からするとその苦労は計り知れないしすごいストレスだと思いました。漁師からは汚染水海洋放出することで漁業ブランドの低下、これによって失業するかもしれないという話を聞きました。潮の流れ次第では隣の県、また世界中汚染水がばらまかれる心配があり、この問題は福島だけの問題ではないと強い訴えも聞き勉強になりました。高校生平和大使からは原発事故に関してのアンケート結果を聞きました。原発事故から11年、年々原発事故への知識、意識が低下していることを聞き自分自身に置き換えても風化していたことに気づかされました。

フィールドワークでは原発周辺を視察してきました。現在、避難困難区域に指定されている建物はガラスが割れたままだったり障子が破れたままだったりと改めて東日本大震災の被害の大きさを感じショックを受けました。徐々に避難区域が解除され街並みが整備されている所も見受けられ復興し始まっていると感じられる所あるが、まだまだ終わっていないと思いました。いざ避難区域が解除されたとはいえライフラインがしっかりしているとは言えない状況であり元々住んでいた住民が「戻ってこよう」とは思えない原発周辺。本当の復興とは何なのか考えさせられました。やはり元々住んでいた住民が全員戻ってきて安心して暮らせて、ライフラインが整備された状況でないと復興とは言えないのではと思いました。

最終日には要請行動として、地元の三政党、四団体と共に「汚染水の海洋投棄反対」を福島県知事、いわき市長に訴えてきました。「県としては表明しているけれど議会では話していない。反対行動として何をやっているのか?」「これまでに情報の隠ぺいがあり、事故が起きてから発覚することが多いので市民は不安であり信用していない」「汚染水を処理水と呼ぶのは間違っている」などとキャラバン隊齋藤団長と共に強く訴えてきました。国が決めている安全基準が本当に信用していいのか疑問であり「少しくらい汚染されていても大丈夫」ではなく、これからの未来のためにも絶対に許してはいけない問題だと思いました。

今回のキャラバンで学んだことは11年経った現在、原発事故が風化し始めていることがわかりました。原発事故がもたらした被害。そのことによって生まれた「被災者」「風評被害」「汚染水問題」様々な問題を生んだ原発事故。11年経った現在、少しずつだが復興と共に風化し始めているのは自分自身も同じでした。このキャラバンで学んだことが無駄にならないように原発がもたらせた大変な被害を知らない若い世代に分かりやすく、興味をもってもらえるような行動をしていきたいです。

コロナ禍でありながらも集まってくれた八戸支部、ひたち支部の仲間達、親の協力、見えない部分でのサポートをしてくれた全ての人に感謝したいです。改めて「横の繋がり」を強く感じることができたキャラバンでした。他支部で困っている所があれば助け合い、先輩達が築いてくれた「横の繋がり」をこれからも良き伝統として繋いでいきたいです。

 

 

 

 

ひたち支部青年部・JCO集会中止に対する決意表明

毎年開催されているJCO臨界事故を風化させてはいけない全国集会が中止になった為、ひたち支部青年部から来年に向けての決意表明を添付します。

 

210930 JCO臨界事故22周年集会(中止にあたり)

東北地方青年部ニュース・脱原発3.13アクション!!

あれから10年原発事故は終わっていない 3.13アクション‼

 

 

 

 

3月13日福島県いわき市で「あれから10年 原発事故は終わっていない 3.13アクション‼」が開催されました。例年通りなら「フクシマ連帯キャラバン」という形で脱原発を訴えてきましたが、今回コロナによる活動自粛のため、県外移動が出来ず被災地であるいわき市独自でのアピール行動となりました。

 

今回、青年層が脱原発を訴えたい気持ちを発信し、地元の各労働組合と各政党がそれに答えていただき、当日、市内でプラカードを使用したアピール行動を行う予定でしたが、あいにくの悪天候により野外行動を急きょ変更し、屋内集会を開催し約300名が参集しました。

 

集会では、各団体代表より、原発事故に対する思いや今後の脱原発運動についての発言があり、フクシマ連帯キャラバン代表として青年部からは「コロナ過でも脱原発を訴えていきたい。自分たち若い世代が本気で声をあげていかなければならない。」と訴えました。

 

約2時間の集会で「地域から全国に発信をしていくこと、これからの運動の強化」を会場全員で確認し、実行委員長の団結ガンバロウで集会を終えました。

 

集会を終え感じたことは、私は震災当時高校1年生で、原発事故が起きても、なんの知識もなく「なにが危ないのか」「なぜ避難をしなければならないのか」全く分かりませんでした。

社会人になり、労働組合に加入し、妻が第一原発から10キロ離れた富岡町に住んでいたことから当時の話を聞き、原発はいらないと深く考えさせられました。

それから子供が生まれ、最優先に子供のことを考える立場になり、今、またどこかで原発事故が起きてしまったら「外で自由に遊ばせることができない」「食べ物の線量を気にしなくてはならない」「風評被害などの不安がつきまとう」など様々な不安があります。

 

国民世論より政治家の原発利権にしかならない原発、人間の命・安全・生活を奪い去る原発はいらないと今回参加させてもらい新たに実感しました。

原発事故から10年が経ち、地元でも原発に対する怖さ、危険さを認識していない人たちが多くなってきていることがとても危険だと感じます。原発事故を風化させない取り組みとして私たち若い世代から「脱原発」を訴えていかなければなりません。

今回は地域での行動となってしまいましたが、二度と原発事故が起きないように、これからの時代を担う若い世代で声を挙げ、今後も全国に向けて発信・継続して活動していきたいと思います。 (全港湾小名浜支部青年部  齋藤 直道)

 

青年活動年間スローガン決定

青年活動年間スローガン

「時代を担う仲間と共に二度とないこの時を! 全港湾青年部」(ひたち支部・古内厚志 応募)に決定。

フクシマ連帯キャラバン活動報告

 

3月14日から21日にかけて今回で5回目となる「フクシマ連帯キャラバン」を実施しました。キャラバン隊は新潟から出発し、福島、茨城、東京と移動しながら各地で脱原発を呼びかけ、最終日の21日、東京・代々木公園にゴールしました。全港湾、全国一般、全日建連帯、自治労、日教組、国労から総勢26名が参加しました。参加者からのレポートを掲載します。

 

 

 

2018フクシマ連帯キャラバンで団長を務めさせていただきました。キャラバン行動も今年で5回目となりより多くの人が参加する運動になりました。まず新潟で結団式を行い、柏崎刈羽原発について学習しました。事故を起こした福島第一原発とは違う原子炉をだから安全と言いますが、そもそも原子力発電は暴走すれば人の手に負えず安全ではありません。それでも安全と言いきることに不安を感じ、福島第一原発事故の教訓は活かされているのか疑問に感じました。巻原発建設阻止運動の中心だった中村さんの講演では、今こういった行動力が求められていると考えさせられました。16日には福島県の復興庁に要請書を提出しました。原発事故があり苦労している福島県は、被災者支援や避難生活を強いられている方々への補償など、最後まで先頭に立ってやるべきです。福島県楢葉町での県民集会では、帰還困難区域に指定されている浪江町津島地区の方からの悲痛な訴えに心が痛みました。この地区沿いの国道114号線は、車内に置いた線量計の警報が鳴り止まず、未だに線量が高い場所がいくつもあります。事故後除染もできず人が住める状態ではないですが、ここが故郷という方がたくさんいます。帰りたくても帰れない人を生み出した原発許せません。茨城では3班に分かれ自治体へ要請行動をしました。原発は止まっていても危険があり、一刻も早い実行可能な避難計画策定を求めますが大変困難な状況です。東京では経団連、東電、省庁に要請書と共に自分たちの訴えと福島の現状を訴えてきました。そして最終日にさよなら原発全国集会でキャラバンの活動報告をさせていただきました。この他に各地で行ったシール投票では、たくさんの反対意見がありました。小さい頃外で遊べなかった、特別扱いやいじめが起きるから。若い世代の人たちにこんなにも苦労をかけているのです。福島県民として、この世から原発を無くすために運動の先頭に立ち続けます。キャラバン行動は早朝から寒い中で街宣など大変でしたが、力を合わせやり遂げられたことを誇りに思います。この活動をさらに大きな運動にしていくためにも今後も頑張っていきます。

(キャラバン隊団長 東北地方小名浜支部 丹野泰希)

 

 

2018フクシマ連帯キャラバンに3日間参加しました。17日に福島県民集会で原発事故により避難された方からの訴えを聞き、18日は避難指示が解除された地域のフィールドワークを行いました。最初の飯舘村は一部が帰還困難区域になっており、許可が無ければ入れない場所があります。線量計を確認すると、あちこちで警告音が鳴り響いており、たった数十cmの間に、境界線があるという事に疑問を感じました。次に川俣町から国道114号線を通り、浪江町に向かいました。昨年9月に通行止めが解除となりましたが、道の両側にはバリケードが張り巡らされており入ることはできません。道中に「帰還困難区域内につき長時間の停車はご遠慮ください」と書かれた看板がありました。正直、それを言うなら通行止め解除そのものが間違っているだろうと思います。請戸に着くと震災当時のまま墓石は倒れ、建物は損壊したままの状態でした。小学校は津波での死者を出さずに済みましたが、請戸では原発事故により被災者の救助に立ち入れない事態が起こり、多くの方が亡くなりました。大平山霊園にある慰霊碑に刻まれた犠牲者の名前から当時の無念さ伝わりとても胸が痛みました。富岡町は昨年3月に一部を除き避難指示解除になりましたが、住民の多くは帰還せず、復興も進んでいるようには見えません。富岡駅付近は立派な建物が出来ていても、道路の周りはやはりバリケードがあり、人が住めるような場所ではないと感じます。放射能は目には見えず、風が吹けば拡散します。本来は線を引いて避難区域を決めるような代物ではないのです。政府はしきりに復興は進んでいると言いますが、自分の目には震災から7年経過しても変わっていないと映りました。東京オリンピックで新しい物を建設する前に、福島や被災地の復興が大切なはずです。今回学んだことや感じたことを活かし、さらには仲間と団結し、これからの脱原発運動、震災を風化させない取り組みを強化していきたいと思います。

(東北地方青年婦人部部長 井坂雄太)

 

 

第5回フクシマ連帯キャラバンは新潟で始まりました。今回は昨年参加者を中心に実行委員会を組織し、改善点を議論し修正や新たな取組みが盛り込まれた内容です。まず新潟での柏崎刈羽原発や巻町原発闘争の学習では、運動とはどういうものか考える機会となり、我々にとって非常に大きな収穫がありました。また、新たに街宣に併せてシール投票を各地で行いました。多くの市民の生の声が集められ、8割が原発再稼働反対という結果は我々を勢いづけるものとなりました。福島では県民集会や福島第一原発周辺の視察で原発事故がもたらしたものを再確認しました。この惨状を国や東電はどう見ているか、疑問と憤り、悔しさと悲しみが湧き上がり、福島で何が起き、どうなっているかを国民に知らせることが必要と感じました。茨城では17自治体に対し、東海第二原発に関する要請を行いました。当原発は廃炉基準の運転開始40年を迎えますが、原電は20年延長運転を企てています。茨城は多くの原子力関連施設と日立製作所を抱え、強力な原子力事業の地盤があり、黙っていれば原発推進に向かうのは必至です。東京での経団連、東電、経産省との意見交換においても、自分達がいかに大きな相手と闘っているかということを実感しつつ、経済優先を謳い原発を推進する姿勢にはもはや狂気を感じました。しかし、我々はそれに屈することなく、市民の先頭に立ち粘り強く、確固たる信念を持って闘い続ける使命があります。最後にキャラバンで多くの方と出会い、語り、共に行動し人間として成長できたこと、やり通せたことは私の誇りであります。仲間との絆は切れないものであり、必要不可欠な連帯です。脱原発社会の実現は地域から運動を盛り上げ、成果を結集することが近道と信じています。仲間と再会の日をみんなが胸を張って迎えられるよう、離れていても心は一つ、共に頑張っていきましょう!

(東北地方ひたち支部青年女性部部長 古内厚志)

 

 

フクシマ連帯キャラバンに参加させて頂き新潟、福島、茨城、東京の各地でフィールドワークや地元の方々との交流、街頭宣伝、福島県民大集会参加、茨城県の各自治体や東電、経産省への要請行動、さようなら原発院内集会、さようなら原発全国集会参加という8日間の日程でした。20日の行動では水戸を出発し経団連前行動の予定でしたが渋滞に遭い到着が遅れ、団長によるキャラバン報告のみで終わりました。その後東京電力に対し、福島第一原発事故の早期収束、柏崎刈羽原発の廃炉、被災者への補償継続などの申し入れと意見交換を行いました。回答は火力発電がトラブル続きで安定しないため、原発は電力供給に必要ということでした。被災者への補償については一人一人の状況を確認し補償を継続していくとの事でした。次に経産省、厚労省と意見の交換を行いました。汚染土の処理など検討中の事が多く、未だ線量の高い場所へ帰還するのを推進していることの指摘に言葉を詰まらせ、返答に困るなど対策も出来ていないのが現状でした。さようなら原発院内集会では韓国での原発事情について講演を聞きました。21日のさようなら原発全国集会では悪天候によりデモ行進は中止になりましたが沢山の方々が集まりました。キャラバン中は移動先の方々からのサポートもあり、とてもスムーズに行動出来たと思います。反省として、意見交換は前もって質問事項などをみんなで話し合う場を設ければよかったと思いました。シール投票の結果を見ても、原発反対が多いのに政府や東電が再稼働に動いているのはどうかと思います。民主主義とは何なのかを考えさせられます。日本は広島、長崎で原爆被害を受け、福島で原発事故を起こしました。原子力の被害を三度も受けながら、利権と保身に目が眩んだ政府や企業のために国が間違った方向へ進んで行くのは許せません。日本こそ原発を廃し世界に向けて脱原発、核廃絶を主導していかなければなりません。そしてさようなら原発全国集会のステージ上で見た沢山の傘が集っている景色は感動しました。ずっと忘れません。

(東北地方八戸支部青年婦人部 佐々木聖也)

 

 

昨年は郡山市で行われた県民集会だけの参加でした。今年はメディアで報道されていない事や活動を通じ、様々な人との交流の中でより深い話を知りたいと思い参加しました。14日新潟での結団式で事務局の朴さんからスタートを新潟にした理由は巻原発建設を住民投票で白紙にした事、3・11の震災以降、新潟県が柏崎刈羽原発の再稼働に慎重な動きを見せている事などがあったためとの事でした。自己紹介の後、副団長に全国一般川口さん、全日建橋本さん、団長には全港湾丹野さんが選出され、団長による団結ガンバロー!で結団式は終了しました。15日は柏崎刈羽原発PR館見学と、地元団体の方のお話を伺いました。東電は震災を教訓に地元住民の避難計画をしっかりと立てていると思っていました。しかし、現状は自治体に計画を丸投げしており、防潮堤も液状化現象が起きた場合は役目を果たさない恐れがある事を知りました。16日は新潟市で街宣とシール投票を行いました。反対70、賛成3、どちらとでもない6という結果でした。反対意見は「怖い」「政府は自分達の方針の事ばかりで住民の事を考えていない」等、賛成は「地元が潤う」等の意見が出ました。新潟は世界一の原発がある県だと聞きましたが、原発は廃炉にすべきと思う人が多いことがわかりました。投票していただいた中高生の中にはどちらでもないの回答が多く、その大半は「わからない・興味がない」という理由でした。そういった意見を通し、学生にも興味を持ってもらえるような活動をすることが課題ではないかと思いました。今後は若い世代に興味を持ってもらえるような機会を作って知識にしてもらい、福島第一原発事故を後世に伝えてもらえるような活動を出来たらと思いました。行動を通して巻原発建設計画を住民が行政と闘い、住民投票で計画を白紙にさせた事がとても印象に残りました。色々な支部、団体との交流で多くの事を聞く事ができ、この経験はこれからの糧になると思いました。

(東北地方酒田支部青年婦人部 田中俊介)

 

 

今回初めてキャラバン隊に参加しました。漠然と反核を訴えるのではなく、様々な人の話を聞き、知識を深め、自分の声で「原発はいらない」としっかりと言えるようになりたいと思いキャラバンに臨みました。14日から17日までの参加でしたが、丹野団長を中心に団結を深め、新潟で柏崎刈羽原発見学、巻原発住民投票の講演、地元団体の方と交流、新潟市内での街宣活動を経て福島県に移動しました。16日福島では最初に復興庁を訪れ県知事への要望書の提出を行いました。15分と短い時間の中、要請書提出と川口・橋本副団長、丹野団長の訴えで終了となりました。県側から特に回答はなく行政との温度差も感じました。その後行われた交流集会では地元労組や高校生平和大使OBの講演を聞きました。その中で「微力だけど無力じゃない」という平和大使のスローガンが特に印象に残りました。前日に聞いた巻原発住民投票も同じで個々の力は小さくとも、それは意味のある大きなものである事を表していると思いました。17日は福島県民集会に向かう前に福島駅前で街宣を行いました。私は新潟での街宣まで経験が無く、いざ現場に出るとなかなか声が出ず、思ったように意見を聞くこともできなかったのが自分の課題として残りました。街宣で行ったシールアンケートには約80人の方から貴重な意見をいただきました。福島県民大集会では3300人が集まり被災者のため、そして未来のために原発はいらないと改めて感じさせるものとなりました。今後の課題として脱原発を訴える中で一般の方にもより深い意識を持ってもらう事が必要と感じました。賛成・反対に関わらず幅広い層に意識づけできるようなワークショップや学校で学習の機会があればと思います。今後は自分自身の声でこの経験を多くの人に伝え、意識をしてもらえるような活動を行いたいです。そしてフクシマ連帯キャラバンに一般の方を巻き込むことで、運動がさらに広がり発展していけると感じました。

(東北地方酒田支部青年婦人部 本多紘二)